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OMOSANJIN COLUM

表参人コラム

山本 正旺(商店街振興組合原宿表参道欅会会長)vol.1「憧れから始まった街」


世界でも類を見ない「悠久の杜」明治神宮の緑のもと、世界のスーパーブランドが立ち並ぶファッション、情報、カルチャーの最先端エリア・原宿表参道。
「表参人」では、この街を生き、その未来を見つめる人々を紹介していきます。
第1回は、並木道に息づいたビジネスを、人を、想いを愛し、街をつくり上げた山本正旺 欅会名誉会長に、お話を伺いました。
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1999年、山本氏がこの商店街振興組合の理事長に就任したとき、『シャンゼリゼ会』という組織は『原宿表参道欅会』として生まれ変わった。パリの著名な並木道にあやかり、そこを目標としてつけられた名称の変更は、すなわち外国を見本に追いつき追い越せという考え方から、独自のオリジナリティを持つことへシフトする決意の表れだ。
「国際化という流れは一度は通らなければならなかった。けれど、グローバリゼーションへの取り組みばかり突出して、日本の思想、文化といったオリジナリティは否定されてきた。ローカリゼーションをもっと高めていく必要を感じたんです。本来、ここは明治神宮の表参道なのだから」と、山本氏は語る。その言葉を裏付けるかのように、ローカリゼーション意識の成長とともに、世界のスーパーブランドはこの街に注目し始める。現在、日本中に元氣を与えている『原宿表参道元氣祭スーパーよさこい』が産声をあげたのも、このときだ。

1945年夏。焼け野原になった日本でGHQ統治が始まる。表参道には、現在の代々木公園のあたりにワシントン・ハイツが造られ、進駐軍の将校家族の西洋文化が流れ込んできた。彼らのために、キディランド、オリエンタル・バザー、富士鳥居といった今も表参道に軒を連ねるショップが展開され、彼らの生活が戦後日本の若い人々に大きな影響を与えた。
「EDWINって国産メーカーがあるでしょ。アメリカのジーンズに対して、<江戸が勝つ(win)>って意味なんだよ。そういう気概のあるメーカーが、その後どんどん出てきた。マンションの一室を借りて服をつくるマンションメーカーもそう。ここから日本のアパレルの先駆者たちが生まれたんだ。どこの地方の出身でも関係ない。原宿表参道だけは差別のない街だった」。
新宿と渋谷という大きな街に挟まれた原宿表参道。だが、そうした<スーパーマイナー>は、むしろ誇りだと、山本氏は言う。オイルショック、省エネという大転換期の中で大量生産、大量消費が通じなくなっても、この街には関係なかった。マイナーしかできなかったからこそ、この街で大きな夢を抱えていた若者たちは、それをすでに乗り越えていたのだ。
「<成り上がり>ってのは、この街ではほめ言葉なんだよ」。
(第2回に続く)
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●山本 正旺(やまもと まさおう)
隅田商事株式会社社長、商店街振興組合原宿表参道欅会会長。1944年東京生まれ。学習院大学経済学部経済学科、イリノイ州ルーズベルト大学大学院経営学部、インディアナ州バルパレイゾー大学大学院経営学部卒業。石油事業、不動産事業、食品事業を中心に、エコロジカルなエコノミー活動を展開している。

山本 正旺(商店街振興組合原宿表参道欅会会長)vol.1「憧れから始まった街」
表参人コラム

山本 正旺(商店街振興組合原宿表参道欅会会長)vol.2「人が幸福になれる街」


山本 正旺(商店街振興組合原宿表参道欅会会長)vol.2「人が幸福になれる街」

世界でも類を見ない「悠久の杜」明治神宮の緑のもと、世界のスーパーブランドが立ち並ぶファッション、情報、カルチャーの最先端エリア・原宿表参道。
「表参人」では、この街を生き、その未来を見つめる人々を紹介していきます。
第1回に引き続き、並木道に息づいたビジネスを、人を、想いを愛し、街をつくり上げた山本正旺 欅会名誉会長に、お話を伺いました。
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「原宿表参道で、<成り上がり>のストーリーは枚挙に暇がないよ」。たとえば、全国の修学旅行の幹事役に地道にDMを送って大成功した店舗。スーツどころか、普段着で銀行に融資を申し出る年商数百億店舗の代表。
「つまり、<外見で人を判断する>という日本人の常識、価値観を覆したんだ。大事なのは中身だと。学歴だとか年齢だとか性別だとか、今までの常識の通用しない街。それがまた、若い人たちに受けたんだよね。スケートボードで通勤する社長とか、そういうことができるエリアって、日本で他にありますか?(笑)。クールビズだって、この街では昭和20年代からそうですよ」。
日本には “善悪”という古来からの価値観がある。しかし、この街の価値観は<善い、悪い>ではく、<好きか、嫌いか>なのだと、山本氏は言う。<100%の善>なんてものはありえないけれど、好き嫌いはハッキリしていて葛藤がない。人は好きなものに出会うと、ものすごいパワーを発揮する。だとするならば、自分の好きなことをやらせてくれる街、地域も好きになるものだと。

山本氏はずっと、自分にとってエコロジーとエコノミーは同義だと語り続けてきた。ものを大切にすること、自然環境や住環境を守ること…エコロジーを突き詰めていくことが新しいエコノミーを生み出す。人を健康的に育んでいける街づくりは、そこにある課題なのだ。
会の名称変更とともに発表された原宿表参道憲章。人が幸福になる街の創造を、民間レベルで活動するという言葉。そこに商の利は全くない。しかし、結果としてこのことがさらに人々をこの街に呼び集めた。
「社会貢献―ソーシャル・レスポンシビリティなんて、いまさら外国から言われなくても日本では150年前に『経世救民』という思想が唱えられている。街から考えていくのが我々商人の使命です。そして、そうした考え方をもう一度みんなで、日本全体でしていかなくてはいけないんです。原宿表参道が他の街と何が違ったかというと、人の志なんです。
どんなに大きな夢を持っても、高い志を持ってもタダですよ(笑)」。
(了)

山本 正旺(商店街振興組合原宿表参道欅会会長)vol.2「人が幸福になれる街」
表参人コラム

松井 誠一(商店街振興組合原宿表参道欅会理事長)vol.1「個性を愛される街」


世界でも類を見ない「悠久の杜」明治神宮の緑のもと、世界のスーパーブランドが立ち並ぶファッション、情報、カルチャーの最先端エリア・原宿表参道。
「表参人」では、この街を生き、その未来を見つめる人々を紹介していきます。
第2回は、並木道とともに育ち、街の現在を未来へと結び続ける松井誠一 欅会理事長に、お話を伺いました。

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どちらかというとおとなしい子だったという松井氏が、父の仕事の関係で青森から原宿表参道に縁を結んだのは1960年代のことだった。まだ、ワシントン・ハイツがあって、渋谷までの道が通じていず、登りきったところで行き止まりだったころのことだ。
「1921年に植えられた欅は太平洋戦争でほとんど焼けてしまったんですが、明治通りから明治神宮にかけては比較的残っていましたから、それらの古い木は緑がうっそうとした感じでしたね。ですから、明治通りから上はまさに参道という雰囲気でした。明治通りから青山にかけては50年代に植えられましたからまだ若くて、非常に見晴らしがよかった。そのコントラストは際立ってましたね」と、松井氏は当時を物語る。

その後、家業を行っていた神宮前交差点の角地をビル化したことから、松井氏はこの街にさらに主体的に関わることになる。
「街の環境が一番大事だな、ということを当時から実感していたんです。原宿表参道エリアは、商業地として大変有名になっていますが、だからといって他の商業地と同じ目線で見ることはできない」。
原宿表参道という街は、客観的に言って商業地として特にメリットが大きいわけではない。街の大きさ自体にも限りがある上、渋谷や新宿のような大交通ターミナルでもない。けれど、よそにはない個性がある、と松井氏は語った。
「具体的に言えば、景観の美しさや全体の環境のよさ、犯罪の少なさといったことです。お金をかけて人工的にきれいなものをつくってしまうということは可能ですが、比較的小規模な建物が多い中で、これらを商業者と住民が一体となって守っていこうという姿勢を持っていることが、この街の特長だと思います」。
たとえ、この街へ来て買い物をしなくても、通りを歩くことが気持ちがいい――そういう街であり続けたい。それを、この街に生きる全員でつくっているということは、すなわちこの街の商業者、住民の意識の高さの表れだ。こうした街で売られているものだから、商品も「クオリティが高い」、「信頼できる」、「デザインが優秀である」、そんなふうに思えてくる。
「そういう意味では、買うのに便利な場所にあって、『どこで買ってもいいんだけど、便利なところで買う』、というような商品と、この街で売られるものは違う、ということなんです。ここに来る方たちには、ここに来たいという理由があって足を運んでいただいている。そういう街なんです」。
(第2回に続く)

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◆松井 誠一(まつい せいいち)原宿表参道欅会理事長)
株式会社松井ビル社長、商店街振興組合原宿表参道欅会理事長。1951年青森県生まれ。慶應義塾大学商学部卒業。1963年、現在本社がある神宮前交差点の角に父親の信吉氏が焼肉店「八角亭」を開業。2006年、第四代原宿表参道欅会理事長に就任。趣味はダイビング。

松井 誠一(商店街振興組合原宿表参道欅会理事長)vol.1「個性を愛される街」

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